第4回 ブラジル・サンパウロ その3




イグアスの滝にはずっと行ってみたかった。
もともと滝の持つエネルギーに触れるのが好きで、それまでにもいろいろな滝を訪れてはいたけれど、イグアスはまだ未体験だった。
それでサンパウロで最初の撮影が終わったあとに、足を伸ばして行ってみることにした。
イグアスの滝はブラジルとアルゼンチンのちょうど境目にある。
初日はブラジル側から見学したのだけど、あまり近くに寄って見ることはできないから、すごい景色だけど想像以上じゃないなと冷静に思っていた。
距離があると現実には見えないような感じで、それはそれで不思議なおもしろさがあり、大画面で滝の映像を見ているような、なんだかおかしな豪華さを感じた。
向こう岸はあきらかに違う時空のもので、それは死の世界とか、あの世とか、肉体のない世界のような。
目に見えない世界なのに現実に見えている不思議。
ひょっとすると自分はもう死んでいるのかと錯覚してしまうような瞬間が幾度かあった。
訪れた時期は2月、つまりブラジルでは真夏にあたる季節だったから、正午をまわると途端に暑さが厳しくなり、しかもすごく湿気がある。
大汗をかきながら重い機材を持ち、ひたすらそんな景色が続くなかを歩いていると、いろんなことがどうでもよくなったりしてきたが、なんとかその日のノルマは終えた。
つぎの日はアルゼンチン側にある「悪魔ののど笛」というすごいネーミングの滝が見えるスポットに行った。
そこが一番近くまで寄れる場所らしく、その名前にふさわしくすべてを飲み込んでしまうようなすごい迫力があった。
きのうブラジル側から見たときは、こんなにすごい迫力だとは想像できなかったから「思ったより勢いを感じないな」などと甘えたことをぬかしていた自分を猛烈に反省した。
柵の際に立って「どどどどー」という滝の流れる音を聞いているととても敬虔な気持ちになり、はじめは自分の存在の小ささだとか世界の成り立ちの不思議などに思いをはせていたが、だんだんと滝の流れが時の流れのように感じてきた。
生きとし生けるものすべてにとって日々が過ぎていくということは、まるでこの滝に飲み込まれるように決して立ち止まれないということに改めて気づかされて呆然とした。
圧倒的なものに対峙することでしか知れない感覚。
最後はだんだん無心になってきて、その場から立ち去ることが難しかった。
そのときの体験が強烈だったからか、「ブラジル、どうだった?」といろんな人に聞かれると、つい滝の前で呆然と立ち尽くしていたことを真っ先に思い浮かべてしまう。
それでつい、「えーと、滝がすごかったよ」となんだかばかみたいに答えてしまうのだが、あまり言葉が出てこないのだ。
もちろんブラジルは広い。
なんといっても日本の23倍だ。
だからブラジルの印象は?と聞かれても、つい途方に暮れたようになってしまう。
滝を前にしたときのように。

それにしても真反対に位置する国にたくさんの日本人が100年もまえに移民したというのは、想像もつかないことだ。
生活習慣、考え方の全然違う文化にたくさんの種をまいていくことの途方のなさ。
自分なんてちょこちょこといろんな国に行かせてもらう機会があるが、やっぱりいつもなじめない。
ちゃんと自分の意見を言わないといけないとわかっていても、怒らないといけないときについ笑顔で話してしまったり。
ブラジルにいるあいだも、なるべくふりまわされないように気をはっていたが、自分の会ったことのないタイプの人に会ったりすると、ただ呆然と見てしまう。
ある日、サンパウロでタクシーに乗っていたときのこと。
自分の乗っていたタクシーが交差点を右折するときに飛び出してきた中年女性とぶつかり、サイドミラーがぶっとんだ。
かなりの衝撃だったのでびっくりしたが、そのタクシードライバーはチッと舌打ちしただけで停まるどころか減速もせずにそのまま何事もなかったかのように走り続けた。
えーと、、、??
慌てて交差点のほうに振り向くと、中年女性は自分の肩をさすりながらこちらに向かって悪態をついていた。
少なくとも重傷じゃないみたいだからいいのか?
とにかくどっちもたくましい。
こんな感じだから、交通事故はとても多い。
ある日乗った違うタクシードライバーはスピード狂で、普通40分かかる道を半分の時間で目的地まで着いたことがあった。
猛スピードでブレーキをかけずに右に左に車線移動を繰り返した結果だが、乗っているあいだは本気で震えた。
ジェットコースターよりも怖くて、降りたあとはぐったり疲れてしまった。
なにしろ夜は信号無視するのが普通のサンパウロ。
赤信号で停まると強盗がやってくるからだ。
何度か個人のお宅にお邪魔したが、どこの家も頑丈な門の上に有刺鉄線。それに加えて番犬も常駐。
電車で居眠りできる日本に住んでいると、ふだん使わない神経を総動員しないとやっていけない場所だ。
日本との違いはほかにもいろいろあるが、ブラジルは移民国なのでいろんな人種がいるということも興味深い。
ハーフ、クォーターはあたりまえ。
おじいちゃんはどこの国の血が流れていたんだっけ?よくわからない、と言う人もふつうだ。
だから人種差別というのはほかの国に比べてかなり少ない。
日本特有の閉鎖的ないじめも少ないのはいいことだが、貧富の差はものすごい。
ほんの一握りの富裕層の人たちがこの国の経済、システムをコントロールしている。
もちろん世界規模で考えると同じことが起こってはいるのだが、やりきれない矛盾をまのあたりにすると、無力感に襲われた。
でもそういう世界にいま生きているわけで、とにかく受け止めていくしかない、という気持ちになるのもブラジルにいて思ったことだ。
なぜだかブラジルにいると、後ろ向きな気持ちをぐぐっとひっくり返すような勢いも感じた。
だって、いま生きてるんだから、やっていくしかないじゃない?というような。
イグアスの滝のようにこの流れを止めることはできなくても、それでもひとりひとりの持つちからの果てしなさを信じたいと思う。
時間が経ったいまもまたあの滝を見にに行きたくてしょうがない衝動にかられるときがある。
自分がただのなんでもない、自然の一部だと、あの場所に行くと素直に思えるからだ。








このコンロは新品ではなく、日常で毎日使っているもの。きれい好きな人が多いらしいです。
しょっちゅう通っていたリベルダーデの食堂「喜怒哀楽」のごはん。ほっとする味でした。

ザ・カーニバル!!
この動物の名前を忘れた、、、ただひたすら団栗を食べていた。


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