2007.4.17更新

2007年3月6日。新潟県の旧鹿瀬町で大野晃さんとお会いする機会があった。大野さんは日本各地の限界集落を研究しておられる長野大学の先生で、わたしがかねてからお会いしたいと思っていた方であった。
限界集落とは65歳以上の高齢者が集落人口の50%を超え、独居老人世帯が増加し、社会的共同生活の維持が困難な状態にある集落をいう。国の調査によると、2006年4月の時点で今後消滅の可能性がある集落は2641集落、その中でも422集落が10年以内に消滅する恐れがあるという。
そんな過疎の集落に、わたしの暮らす海府(かいふ)が重なって見える。




「この前の波(ノタ)は大すげかったのぉ。こんな波(ノタ)、今まで知らんちゃ」
吹きぬける海風のなか、腰を屈めたおばあさんがぽつりと言った。冷たい浜風から顔を守るためか、ほおかむりをしたその隙間から細い眼がこちらを見つめている。
「今年は雪が降らんから岩のりは取れんかったが、わかめのできはいいみたいだっちゃ」

おばあさんはそういって少し笑うと、採ってきたばかりのわかめを真水ですすぎ塩抜きし、干し木にかけた。
3月の佐渡ヶ島で見られるいつもの光景だ。


海府(かいふ)は佐渡の北部沿岸の地域をさしていう。約40キロにわたる海岸線上には集落が張り付くように点在する。建物が集まっている様子は、まるで身を寄せあって冬の寒さをしのいでいるようだ。
わたしの住む鷲崎はそんな海府の一集落だ。佐渡最北端の段丘状の地形に260人が暮らし、稲作や寒ブリ漁などで生計をたてている。お年寄りは39%と限界集落ではないが、年々その割合は増えている。
おばあさんに別れを告げると、漁港へ足を向けた。養殖わかめを刈り取るための船に同乗させてもらう約束をしていたからだ。
本間太郎さん(67歳)は、鷲崎で農業と漁業を営む兼業農家だ。毎春、集落の東海域にある養殖場からわかめを刈り取るのがこの時期の彼の日課になっている。


午前9時。東岸にある波止場へやって来ると、まもなく本間さんが現れた。日に焼けた顔にねじり鉢巻が似合っている。頬に深い皺が刻まれているのが印象的な人だ。
促されて船に乗った。めかり船には船外機がついており、船底には長い柄のついたカマがごろりと置かれていた。海を見ると、穏やかなうねりにあわせて水中の海藻がゆらゆらと揺れている。その海波を分けるように、鋭いエンジン音をたてた船がゆっくりと進みだした。


磯の香りを含んだ風が、頬を冷やしていく。しばらく静かな海を滑るように走り、まもなく堤防をまいて外海へ出た。さっきまでいた漁港があっという間に遠のき、わかめを干すおばあさんの姿が、瞬く間に小さな点となる。やがて集落が一望できる海原へでると、高台に金比羅堂が小さく見えた。金比羅はガンジス河に棲むワニを神格化したもので、古くは江戸時代から航海安全を願う漁師たちに慕われてきた。
お堂が高台にあるのは、いつも漁師を見守るためなのだろう。この地域の盆踊り歌も、時には豊穣をもたらし、時には厳しい表情を見せる海と共に暮らす人たちの心の内から生まれたのだと思う。


外の海府は夏よいところ

冬は四海の波が立つ

船に乗る人しんから可愛い

命帆にかけ波まくら


「あれが養殖場だよ」
湾をでてしばらく岸壁に沿って走っていると、本間さんが言った。彼の視線の先を見ると、100メートルほど離れた海面にカラフルなブイがいくつもぷかぷかと浮かんでいる。
しばらくブイとブイの間を航行し、ある黄檗色のブイの脇へ来ると本間さんはエンジンを止めた。この付近を彼は管理しているのだという。本間さんは船底に置かれたカマを手に取ると、親綱に引っ掛け渾身の力で引き上げた。底の見えない海底から黒々とした塊が、ゆっくりと上がってくる。
「今年は育ちがいいみたいだ」
本間さんはわかめを少し見て続けた。
「ただ、あまりよすぎて、めかぶが小さいみたいだな」
めかぶはわかめの茎の下にできるひだ状の葉である。わかめが成熟するとできる葉で、ここから次の年のわかめの“たまご”が生まれる。

春を迎え、暖かくなり水温が14度を超えると、めかぶから無性の生殖細胞が一斉に放出される。細胞は水流に流されながらも必死に泳いで、地物に接触するとそこで着生する。やがて発芽して雄雌の区別のある配偶体となり、このふたつの細胞が出会ってわかめは成長するのである。


「ここら辺は潮ざかえといって潮と潮がぶつかる場所なんだ」
親綱を引き上げながら、本間さんが静かに言った。彼の話によると、このような場所でいいわかめができるそうだ。
しばらくわかめと格闘し、船の半分が埋まったところで一服する。わかめの着生した親綱を見ると、赤いしゃくとり虫のような無数の生物が蠢いている。エビの仲間、ワレカラだ。
「これを発酵させて畑にまくと、いい米ができるんだ」
本間さんはそう言って息をつくと、再び力を込めて残りのわかめを引き上げはじめた。引き上げる様子を見ようと船体から体を乗り出すと、底の見えない海底の暗がりがぐんと広がっている。見つめているとその暗さにふっとひきこまれそうだ。


「今年は天然のわかめがぜんぜん生えんちゃ」
岩谷口で暮らす老婆の話を不意に思い出した。
岩谷口は鷲崎から18キロ西方の僻村だ。人口の59%が高齢者の限界集落で、集落を歩いているとお年寄りの姿が多く目に付く。
集落は湾になった海岸沿いにあり、目の前には天然わかめが採れる岩礁がある。例年なら今頃は、養殖わかめより刈り入れ時期の遅い、天然わかめが海底にちらほら見える頃だ。だがその海に今年、天然わかめの姿が見えないという。

「最近は磯の岩が白うなってのぉ。岩海苔もあまり生えなくなってしまったっちゃ」

暖冬で雪が降らないと、岩海苔はあまり生えなくなる。また今年の1月下旬の海水温は例年より1.5度も高いという。わずかな海水温の上昇でも、とても繊細な生き物である海藻にとってはとても深刻なできごとなのだ。

「もうこれ以上は載らないな」
1時間もすると、船いっぱいにわかめが詰め込まれ、座る場所も無いほどになった。
近くの岩礁では一羽の鵜が寒そうに翼を広げ、磯風で羽を乾かしている。その背後の山林を見ると、杉林が眼にはいった。集落の人々やわたしの祖父母が植えた杉林だ。
朝から晩まで必死で杉を植えた苦労話を今でもしばしば聞かされる。外国産の安い木材におされて国内の杉はほとんど売れなくなった。間伐もされなくなり、か細い杉の木がひょろりと伸び、太陽を遮ってうす暗い林も多くなった。
山が荒れると、海も荒れる。そして気温の上昇も海に何らかの変化をもたらしている。生殖に欠かせないめかぶが育たないというのも、あるいはそれらに関係があるのだろうか。


港に戻り、また集落を歩いてみる。干し木にかけられた濡羽色のわかめが、東風に揺れている。
浜に眼をやると、先日の波で打ち上げられたぎんば草が陽光をあびて光っていた。
島の春も近いのだろう。


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